子どもの長期入院①
- 2021.06.26
- 2人目長期入院中(育休中)
転院の日は
先生が付き添ってくださり、救急車で転院した。信号を飛ばして進める救急車に乗っていてもかなりの距離があると思った。今までは自宅近くの総合病院だったので、サッと病院と自宅を往復することができたけれど、今度はそういうわけにいかないなと思った。検査から転院までがバタバタと過ぎて行き、私はよく分からないまま先生の仰ることに従うしかなかった。救急車で病院到着後、ニコは先生と一緒に小児科病棟へ、私は入院の手続きなどを済ませてから、小児科病棟へ向かった。

病棟に着くと
ニコはナースステーションの目の前の部屋のベッドにいた。よく分からないまま病室にいると、主治医の先生がいらっしゃった。先生はいらっしゃるなり「お父さんは?」と仰った。両親揃ってきていて当然という印象だった。それだけニコの抱える病気は重いものだった。重い病気だという事はネットで得たにわか知識でなんとなく分かってはいてもどう治療していくのか、これからこの子はどうなっていくのかなど全貌が見えなかった。トーフはこの翌日休みで、義母とイチも一緒に病院へ来る予定にしており「夫は明日改めて来ます」と医師に伝えると「では簡単に説明します」とニコの抱えるものについてザッと説明してくださった。

その日は
面会の終了時刻までニコのベッドの横にいた。先生から聞いた話と、ネットで得た情報、どちらも良くないことに変わりはなかった。急な展開に頭が真っ白だった。ニコを置いて帰らねばならない事に後ろ髪をひかれつつ、私は病室を出た。病院を出る時、そういえば今日は1日何も食べていなかったと思い、パックの野菜ジュースを買った。来る時は救急車で来たけれど、帰りは電車。ここから自宅までは3本の電車を乗り継ぐ必要があった。随分遠いな、とまた思う。電車の窓から病院を眺める。ニコのいる病院がどんどん遠く離れていく様子をボーっと眺めながら先ほど買った野菜ジュースを飲んだ。その野菜ジュースの賞味期限が翌年のニコの誕生日だった。あぁ、お誕生日の頃はどこでどんな生活を送っているのだろう…、そんな事を思った。地元まで1時間半ほどかかった。自宅までの夜道を歩きながら私はボロボロ泣いた。マスクと眼鏡と夜の闇が私の泣き顔を隠してくれた。マスクと眼鏡って便利だなと思ったりしつつ私は泣きながら帰宅した。

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